はじめに
ヨットはどうも難しそうだ。興味はあるけれど取っ付きにくい。こんな声をよく聞きます。
ほんとうは単純な乗り物なのですが、どうやらヨットの上で使用される用語の難解さに取っ付きにくさを感じる人が多いのではないのでしょうか。
なぜ、こうまで難解なのか。
そもそも我が国に西洋の船乗り言葉が入ってきたのはかなり昔のことで、日本古来の船乗り言葉と混ざり合って、独特に変化してきたようです。
チーフ・オフィサー(chief officer:一等航海士)が「チョフサ」とか「チョッサー」と訛って使われたりするように、船の上だけでしか通じない日本の船乗り言葉ができあがっていきました。
そして戦後、日本でもプレジャーボートが一般化してきました。
少ない情報源から新しいヨット用語が国内に広まり、船乗り用語とも相まって、それは狭い世界でさらに独特に進化していきました。ちょうど、コギャルが自分たちにしか分からない言葉を使うように。
そして近年、ニッポンチャレンジのアメリカズ・カップ挑戦が始まったころからでしょうか、海外のセーラーと一緒にヨットに乗る機会が増え、彼らの口からまたまた新しいヨット用語が大量に流入してきました。こちらが正しい用法なのかもしれませんが、それが日本独自のヨット用語と混ざり合い、さらにはチームごと、地域ごとに、ちょっとニュアンスを変えながら定着していき、もうなんだか訳が分からない状況になってきているともいえます。初心者ならずとも、ベテランでも、「それなに?」という用語も多いのです。
ヨットは趣味の世界ですから、用語も自分が乗る船の上でさえ伝わればそれで良いのでしょうが、私自身は文章を書くにあたってそうも言っていられません。
2005年、舵社から『ヨット、モーターボート用語辞典』が出版されました。帆船時代から続く船乗り用語から造船用語まで、広く詳しく網羅されています。それ以前からあった海外の用語辞典『The Sailing Dictionary』(SHERIDAN HOUSE社)とともに、執筆時には常々お世話になっているのですが、ここで一度自分なりに、きわめてローカルなものも含めて現代ヨット用語をまとめてみようと思った次第です。本書は、筆者自身のためでもあるのです。
ヨットを始めたばかりの人が「なんじゃソレ?」と思ったら、本書を開いてみてください。
ベテランの方は、新入りクルーに「これ読んどけ」と本書を紹介してあげてください。そして、ご自分でもこれを読んでおけば、ヨットの上でも話は早いというものです。
ヨット用語も、時代とともに進化、あるいは変化していきます。
本書も、そんな流れに合わせて改訂していきたいと思っています。
2006年1月5日高槻和宏
■本書の使い方
見出し語の配列は五十音順とした。長音(ー)は、前音の母音の重なりと見なして配列した。中点(・)は配列の考慮に入れない。矢印(→)は参照先を示すものである。
『ヨット、モーターボート用語辞典』(舵社刊)編纂委員会の御厚意で、同書から流用させていただいた用語説明があります。あらかじめお断りしておきます。
あとがき
本書執筆にあたり、今まで自分がヨット雑誌に書いてきた原稿で、あるいはヨットの上で使っていた用語に、数々の誤りがあることが分かり、赤面の至りであります。でも、言葉は生きています。なんらかの言葉が、ある集団の中で共通に用いられていれば、その用法は間違いとはいえないのではないか、とも思います。本書の記述にも「いや、そうは言わないよ」という部分があるかもしれません。あるいは、「自分たちは、こう言っている」というような用語もあるでしょう。ぜひとも、お便りください。面白いものがあれば、改訂の機会に加えていきたいと思います。
最後に、本書執筆にあたり『ヨット、モーターボート用語辞典』(舵社刊)をいたるところで参考にさせていだだきました。同書編纂委員の皆さま、そして執筆の中心になられた故・野本謙作氏に敬意を表し、改めて御礼申し上げます。