閑話休題:タックとタッキング

(2022/07/06)

タックとタッキング。ヨット用語の基本の一つともいえますが、改めて調べてみるとこれがなかなか難しく……。

まず、このサイトで手本としている辞書の一つ『The Sailing Dictionary』で引くと、

Tack
1.Noun: A sailing boat is on a tack when she is not in the process of gybing or tacking; She is on port tack when she has the wind on her port side and her mainboom to starboad ……

『The Sailing Dictionary』

とあり、つまり……。
まずは名詞として、タッキングやジャイビングしていない状態が「on a tack」。〝タックの状態にある〞とでも訳せば良いか。
で、ポート・サイド(左舷)から風を受けていてメインブームが右に出ていればポート・タックである、と。

ところが、その後に続いて動詞として「to go about のこと」とあり、〝to go about〞はタッキングのことなので、先の名詞の意と矛盾します。タッキングでもジャイビングでもない状態をタックという、とあるわけだから。動詞としてはタッキングのことだけど、名詞としてはタッキングしていない状態のことになる、と。
……難しい。

一方、ルール(RRS)では、定義の部分で、

Tack, Starboard or Port
A boat is on the tack, starbord or port, corresponding to her windwward side.

『RRS 2021-2024』 [Definition]

右か左かどちらが風上サイドなのかだけをもって定義しています。
ふむふむ。
ところがこれが、日本語訳だと、

タック、スターボードまたはポート
艇は、その風上側に応じて、スターボード・タックまたはポート・タックにあるという。

『RRS 2021-2024』 [定義]

となっていて、「スターボード・タック」「ポート・タック」という言葉を定義しています。英語の原文と弱冠ニュアンスが違いますよね。
英文だと、スターボードかポートの〝タック〞について、定義しているわけで。

で、英文ではこの後、本則で、

10 ON OPPOSITE TACK
When boats are on opposite tacks, a port-tack boat shall keep clear of a starboard-tack boat.

『RRS 2021-2024』

といきなり「port-tack」「starboard-tack」という複合語となって出てきます。
ハイフン(-)で繋いだ複合語になっているってあたりもポイントです。
このサイトの掲載基準としても、「starboard tack」だと「スターボード・タック」。
これがハイフンで繋がった複合語「starboard-tack」なら「スターボードタック」と続けて書くことになってます。
実際、この部分の日本語訳は、

10 反対タックの場合
艇が反対タックの場合、ポートタック艇は、スターボードタック艇を避けていなければならない。

『RRS 2021-2024』[RRS 10]

とあり、定義のところでは「ポート・タック」「スターボード・タック」と「・」(ナカグロ)が入っているのですが、ここでは「ポートタック」「スターボードタック」と1つの言葉になっています。

ま、このあたりは重箱の隅なんでしょうが、
いずれにしろ、艇は「ポート」か「スターボード」か、常にどちらかのタックの状態にある、ということです。「ジャイビング中やタッキング中以外」とする『The Sailing Dictionary』での記述とは異なります。

じゃあルール(RRS)上のタッキングとは?
別に本則で、

13 WHILE TACKING
after a boat passes head to wind, she shall keep clear of other boats until she is on a close-houled. ……以下略

『RRS 2021-2024』

とあり、たとえばポートからスターボードへのタッキングでは、風位を越えたとたんにスターボード・タックにはなりますが、クローズホールドのコースに乗るまでの間は〝タッキング中なので〞他艇を避けていなければならない、、、ということです。

「tacking」自体は定義の項にはないのですが、ここで、「tackingとは風位を越えて次のクローズホールドになるまでの間である」と定義されていると理解できます。

と、現行のルール(RRS)では、「tack(タック)」と「tacking(タッキング)」は別のものということになります。

じゃあ、『The Sailing Dictionary』の表記は間違いなのか、というと。ちょっと前の『RRS 1993-1996』では、

On a Tack; Starboard Tack; Port Tack
A yacht is on the tack except when she is tacking or gybing, A yacht is on a tack (starboard or port) corresponding to her windword side.

『RRS 1993-1996』 [Definition]

と、定義そのものに「Starboard Tack」「Port Tack」の言葉が出てきており、タッキングやジャイビングの間は「タックの状態にはない」ということになりますね。手元にある『The Sailing Dictionary』はその頃書かれたものなのかも。で、ルールの方が変更されている、と。

いずれにしろ、タックの状態はその風上側に応じてスターボードかポートかのタックになるわけですが。じゃあその「風上側」をどう定義するのか。

これが、『RRS 2021-2024』の定義では、

風下と風上
艇の風下側とは、風向から遠い側をいい、また風位に立っている場合、それまで風向から遠かった側をいう。ただし、バイ・ザ・リーまたは真風下方向(directly downwind)に帆走している場合、メインセールの出ている側を風下側という。他の側を風上側という(以下略)

『RRS 2021-2024』

となっていて、たとえば、ポートタックのデッドラン(ブームはスターボード側に出ている)からさらにバイ・ザ・リーになっても、ポートタックのまま、ということです。このあたり、タッキング時とは異なり、風位を越えたか越えないかが解りにくいからでしょう。
文字で書くとヤヤコシイけど、実際はまあ見たとおりって感じじゃないでしょうか。

で、バイ・ザ・リーって何よ? というと、これがルール(RRS)には定義されていません。
定義されていない言葉に関しては、序文の用語の最後に、

他の単語及び用語は、海事用語または一般用語として通常理解される意味で用いられている。(in the sense ordinarily understood in noutical or general use)
とあります。

そこで、『The Sailing Dictionary』をみると、

By the lee
The boat is on a run but the wind, instead of blowing form dead astern, blows from the same side as that on wich the mainsail is setteing. Often leads to an accidential gybe when the wind gets behind the sail and bliows on its lee side.

『The Sailing Dictionary』

とあり、『ヨット、モーターボート用語辞典』には……記載なし。
こちら、『Web版 ヨット/モーターボート用語集』では、

となっております。


というところで、一番の疑問。「タック(tack)」は動詞としてタッキングの意味になるのか?

一般的には、『The Sailing Dictionary』にあるようにタッキングすることを「タック」とも呼んでいますよね。まあ、この場合は、クローズホールドから舵を切って艇を回し初めてから風位を越えて反対タックのクローズホールドのコースに乗るまでを「タック」あるいは「タッキング」と呼ぶのが〝一般常識〞ではないでしょうか? 風上航でタックを変えるための操船を、タック、タッキング、上手回しと呼ぶ。との語釈でもよろしいかと。で、ルールでの定義はちょっと違うよ、と。

ここで、もう一つのよりどころである『ヨット、モーターボート用語辞典』での記載はさらにおもしろくて。

タック【tack】
 縦帆の前の下の角(かど)。横帆においては風上側のクルー(clew)をデッキに引き付けるためのロープ。右から風を受けて走るとこのロープ(タック)は右舷(スターボード)に来るので、右からの風の帆走をスターボード・タックというようになった。そのタックを左右入れ替えること、すなわち開きを変える操作を、タック、タッキング(tacking)と呼ぶようになった。→タッキング

『ヨット、モーターボート用語辞典』

とあります。
で、その「タッキング」は、

タッキング【tacking】
船首を風上に立てていくと、風を受ける舷が変わるが、そのとき帆を反対舷に移す操作のこと。タック(tack)ともいう。日本語では上手回しと呼ぶ。ジグザグに間切りながら進むヨットのような縦帆船(fore-and aft rigged vessel)の得意技である。また、このジグザグにまぎって風上に切り上がる動作全体を指してタッキングということもある。

『ヨット、モーターボート用語辞典』

そもそもは、船を回すことではなく、タッキング中に帆を反対舷に移す作業をタック、タッキングと呼んでいたということか。

いやー、難しいです。このあたりの記載、もうすこし悩んでみます。

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